にいがた市民大学2021認知症とともに〜安心して暮らせる社会づくり ~Vol.8 認知症カフェ

認知症の人や家族、地域住民が集う「認知症カフェ」が全国で広まっている。認知症介護研究・研修仙台センターの矢吹知之・研修部長が、発祥の地であるオランダの事例やカフェの意義について語った。

 

認知症介護研究・研修仙台センター研修部長

矢吹 知之さん

やぶき・ともゆき 1972年、長野県生まれ。東北大学大学院修了。認知症の人や家族支援が専門。2015年より仙台市で認知症カフェ「土曜の音楽カフェ♪」を開催するほか、当事者の相談窓口「おれんじドア」の実行委員も務める。18年から東北福祉大学総合福祉学部准教授。







 







 

学びの場が地域を変えていく

サポーター養成講座ではよく、加齢による物忘れと認知症の記憶障害との違いについて説明される。高齢者がその人の名前を思い出せないのに対し、認知症の人は「誰なのか分からない」というように。でも、全ての人に当てはまるわけではない。実際、1カ月に1度しか会わなくても、私の名前を呼ぶ本人もいる。症状には個人差があることを説明しないと偏見を生む。 

 また、できること、できないことの二項対立は本人を落胆させ、能力を奪ってしまう。仕事や地域の役職がなくなったら、そこには喪失感しかない。偏った見方をせず普段から認知症について語り合うこと、本人の声に耳を傾ける場が今まで不足していた。

■運営引き継ぐ専門職

 「認知症施策推進大綱」では、認知症カフェを「認知症の人やその家族が、地域の人や専門家と相互に情報を共有し、お互いを理解し合う場」と位置付けている。全国で7988カ所(2019年)あり、増加している=グラフ参照=。私自身も15年に認知症カフェ「土曜の音楽カフェ♪」を始めたが、これまでにない取り組みに可能性を感じた。

 認知症カフェが始まったオランダを15年~19年、毎年訪れている。一般的に夜7時からスタートし、ミニ講話やディスカッションなど30分ごとのプログラムが展開される。音楽を奏でたり、お酒を提供したり、話しやすい雰囲気をつくっており、カフェが地域全体のためになるようコーディネーターが演出している。長期間続いているのは、中心となる専門職が一人ではなく、代々運営を引き継いでいるからだ。

 認知症カフェの創始者でライデン大学のベレ・ミーセン氏は1995年、夜間の認知症講義を始めた。地域の人だけでなく、本人や家族、専門職が訪れ自由に話をする場となり、「アルツハイマーカフェ」が生まれた。当事者同士のピアサポートにとどまらず、住民や専門職も入り、話し合い学び、共に歩む。地域全体が変わっていく試みが革新的といえる。

■役割外し水平な関係

 国内でもさまざまな地域で取り組みが始まっている。私が運営に携わり月に1回開催する仙台市の認知症カフェでは、「教える人」「聴く人」という役割を外し、できるだけ水平な関係を保った学びの場を心掛けている。知識の偏りをなくすことで、知らず知らずに学べる。

 認知症カフェは子どもや若者など誰でも参加できる。例えるなら、本人の居場所となる砂漠の「オアシス」をつくるのではなく、地域を変えていく「緑地化」が大切だ。認知症は外見からは判断できない「見えない病」だからこそ、顔を見て語ることを大事にしたい。認知症を受け入れない社会と本人との間の摩擦を取り除く。その手法の一つが認知症カフェだ。

2015年から月1回開催されている認知症カフェ「土曜の音楽カフェ♪」=仙台市